感動した

あまり触れたくないけど、正月早々山手線や東海道線で人身事故があり電車が止まっているという情報をtwitterのTLで見ていた。新年早々なんか暗澹たる気分になっていた。去年、通勤途中に何回人身事故で足止めをくらったことか。通勤に関係ないところでもしょっちゅう止まっているのを見聞きした。年が明けてもあんまり変わらないのかと、誰にぶつけていいかわからないいらだちをおぼえていた。
でも、今日の7時半からそんな状況を変えてくれそうな番組に出会った。多くの人に是非見てほしいと願った。
7サミット 極限への挑戦がそれ。このドキュメンタリーの主人公は栗城史多栗城史多オフィシャルサイト
アルピニストとか、登山家と紹介されているけど、番組で見る限り山の専門家って感じではなかった。もちろん今や立派なアルピニストなのだろうけれど、当初はひきこもりがちなニートだったという。彼が、山にとり憑かれたのは強烈な生への渇望から。おそらく山に登る人の多くはきっとそうなのだろうと思うけど、かれの渇望感みたいなものは、なぜか分かるような気がした。同じ年代でもないのに…。
今の若い人が感じていいる閉塞感みたいなものは私が若い頃にはおそらくなかった類のものだろうと想像する。そんななかで、生きることの意味を考えざるを得ずとりついたであろう山。しかも、そのはじめが聞き覚えのあるマッキンリー。あの、植村直己さんが遭難した山。素人目にも無謀のひとことだ。
だけど登る、それでも登る、その気持、気概がなんとなくわかるような気がする。そんな世間を見返したい、自分を見返したい…
かれは、ビデオカメラ片手に登る。その映像をネットで公開する。映像は過酷で美しく……。回収不能な遭難者の亡骸が放置されている脇を通過する。死はすぐそこにある。
非常に短期間の間に次々に各大陸の最高峰を制覇していく。「なんてやつだ」と思った。映像を公開することでおそらく彼自身が誰かとつながり、見るものは勇気づけられる。ネットにこんな効用があるのかとも思った。
いくつ目かの山で5000m級を制覇しているにも関わらず、ルートを変更したとはいえ満足感を感じられなかった彼。「なんてやつだ」と思った。つい数年前までひきこもっていた人物なのか?
誰にでもできることではたしかにない。けど、こういうエネルギーは誰もが持っているんだと信じたい。
エベレストへのアタックは「失敗」したけれど、まさに勇気ある撤退だった。「生きてこそ」なのだ。
彼が達成感で泣く。挫折感で泣く。どれもに共感でき、がんばれ、と言いたくなる。と同時に、がんばれ自分とも。